サムライ伝 最新情報
13.09.04『作家メシ ~浅倉卓弥編~』 3.トマト

『サムライ伝』著者・浅倉卓弥さんの書き下ろし!
facebook特別企画『作家メシ』3回目です。
 
『作家メシ ~浅倉卓弥編~』
3.トマト
 
昨今はとにかくトマトが大流行りである。スーパーでも目移りするほどの数の種類が並べられている。品種の枚挙はここでは控えておくけれど、とにかく野菜売り場の一角がそこだけそれこそ火事みたいに赤い。中に混じってパプリカが並べられているのはご愛嬌というものであろう。世界的に見ても、ソースやケチャップにも使用される関係で、野菜の中でもトマトの消費量は圧倒的なのだそうである。
さて、トマトといえば思い浮かぶのはまずイタリア料理ではないかと思われる。ピザ、パスタ、ラザニア、リゾット。あの国の人々はとにかく何にでもトマトを使えばいいと考えているような印象さえある。もっとも実際に同国に滞在したことは残念ながらまだないから、本当にイタリア人の食生活がトマト一色なのかどうかは確信がない。しかし、ケチャップで味をつけたスパゲッティがナポリタンと呼ばれ今でも通用しているくらいなのだから、おそらくさほどの誤解ではないのだろうと決め込んでいる。
しかしながらこのトマトの原産地は、ご存知の向きもあるかと思うが南米大陸なのである。ということはつまり、コロンブス以前にはヨーロッパにはまったく伝わっていなかったということである。だとすると、それより前の時代のイタリア人は毎日いったい何を食べていたのだろう。時にそんなことがふと訝しくも思えてくる。
もっともイタリアという国家に関していうならば、成立はもっと後の時代の出来事ではある。確かドイツでビスマルクが鉄腕を振るっていた頃だ。だがそれはこの際まったく問題にはならないはずである。ローマ時代から脈々と地中海沿岸に暮らしていた陽気なラテン民族たちが、コロンブス以前の何百年という間いったい何で自身の主食であるパスタを味付けしていたのか。そもそも彼らはいつ頃から小麦という作物を、パンではなく乾麺にして口に入れることを始めたのだろう。トマトを切りながらふとそんなことを考えてしまうこともある。
まあだが、今や天婦羅やすき焼きが日本料理の代表格である訳だし、僕らだってはたして鎌倉時代の食事が本当にはいったいどんな味だったのかなど十分にわかっているのでは決してないのだから、食文化というのは想像以上にダイナミックに変化していくものであるのかもしれない。ちなみにあの家康の病死の遠因となったのが伝わったばかりの天婦羅だったという話は、真偽はともかくとして巷間まことしやかに囁かれていたようだし、もう一方のすき焼きに関していえば、調理法はもちろんそもそもが牛肉を食べる習慣さえ、明治以前の日本には存在しなかったはずである。
話はやや逸れるが、それにしても坂本九の『上を向いて歩こう』が『スキヤキ』というタイトルでアメリカに紹介されたのは、あきれるというかなんというか、いったい誰が考えたんだよ、と今さらながらつくづく感じいってしまう。些か無理やりではあるけれど、たとえるならそれは、イタリア現地での大ヒット曲を輸入する際その邦題に、歌詞の内容などまったく無視して『カプレーゼ』とつけるようなものである。
という訳で話はどうやら無事トマトに戻ってきたようである。このカプレーゼとは、もうすっかりポピュラーだとは思うのだが、念のために軽く説明しておくと、トマトとモッツァレラ・チーズ、それにバジルで作るイタリアのサラダである。サラダというからには基本は洗って切って並べるだけで済む。マリネなどに使われるビネガー系のドレッシングが一番合うのではないかと思う。
あるいはバジルの味がややきつい向きには、ほうれん草でもルッコラでも小松菜でも、サラダ用と銘打ってあるものであれば何でも代わりにしていただいてかまわないのではないかと思う。それでもなんらかの緑色は是非忘れずに同じ皿に添えていただきたい。というのも、まあやはりとっくにご存知の向きも相当あるだろうとは思うのだが、カプレーゼのこの赤白緑という配色はイタリアの国旗に見立てられているからである。なるほど国民的料理になる訳である。
わが国の肉じゃがとかぶり大根とかがそうであるように、定番と呼ばれるメニューになるような食材の組み合わせにはやはりそれなりに理由があるもので、トマトを生で食するのであれば、なんだかんだいってもこの組み合わせでいただくのが一番美味しいような気がする。もし手に入れば軽くピンクペッパーなんてものを振ると、味も複雑になり彩りもより華やかになることを蛇足ながら付け加えておく。

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